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大阪地方裁判所 昭和59年(わ)1188号 判決

主文

被告人乙を罰金三〇万円に、被告人甲、同丙及び同丁をそれぞれ罰金二〇万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、各金五〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人篠原昭喜、同久米哲夫、同高木茂及び同小田邦夫に支給した分は被告人乙の負担とし、その余は被告人四名の連帯負担とする。

理由

(本件各犯行の背景事情等)

一  全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部は、近畿一円の主として運送関係業務に従事する労働者で組織された労働組合であって、後記分裂前の昭和五八年九月当時、約三〇〇〇名の組合員を擁し、武健一(以下、「武」という。)が執行委員長であり、総評系の全日本運輸一般労働組合に団体加盟をしており、各組合員が雇用されている関係企業は約百七、八十社であった(以下、右分裂前の全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部を「関西地区生コン支部」という。)。

ところで、全日本運輸一般労働組合中央本部が、昭和五七年一二月一七日付けの日本共産党機関紙「赤旗」に、武執行委員長を中心とする関西地区生コン支部執行部は、争議に際し企業側に多額の解決金を要求する闘争方針をとっており、また、その取得した解決金の経理も不明瞭であって、その運動が反社会的で破廉恥であるなどとして、これを批判する声明を掲載したことが契機となり、関西地区生コン支部の内部では、武執行委員長ら執行部を支持するいわゆる武派と、中央本部の批判に同調するいわゆる中央派に分かれ、昭和五八年三月に開催された同組合の臨時大会では、中央派が武派幹部の行状を激しく非難するなど大きな混乱を来たし、また、同年八月一〇日、中央派が大阪市北区の中央公会堂で大学習会と称する集会を開催するなどその対立抗争が次第に激化し、ついに、同年一〇月一〇日、武派は、宝塚市内の宝塚ホテルにおいて第一九回定期大会を開催し、組合規約を改正してその名称を運輸一般関西地区生コン支部労働組合(以下、「関生労組」という。)と改め、武執行委員長ら執行部役員を選出し、他方、中央派も、同日、茨木市内の市民会館において大会を開き、その名称を全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部(以下、「関生支部」という。)と定め、平岡義幸を執行委員長とする執行部役員を選出し、かくて、関西地区生コン支部は、事実上関生労組(組合員数約一七〇〇名)と関生支部(同約九〇〇名)の二つの組合に分裂するに至った。

武執行委員長ら関生労組幹部は、右分裂大会前の昭和五八年九月九日並びに同大会後の同年一〇月一四日及び同年一一月二一日、大阪市西区の生コン会館内の関生労組事務所(以下、「関生労組事務所」という。)で関係各企業の役員、労務担当者らと集団交渉を行った際、関生労組が正当な組合であって、中央派は組合の統制を乱す単なる分派に過ぎないから、これに対しては、組合用務扱い等の便宜供与を与えるなど労働組合としての対応をしないよう厳しく要請し、企業側は協議の結果、結局右一一月二一日の席上、右問題については、各企業の統一見解を出すことはできないと伝え、武執行委員長は、重ねて一二月五日までに各企業の見解を統一するように要求し、それができない場合は企業ごとに個別に意見を求める旨の申し入れをしたが、その後企業側では統一的な結論がでないまま推移した。

また、この間、関生労組及び関生支部の各分会は、その対応する各企業に対し、それぞれ分会の新役員名簿を提出するなどして、互いに自己の組合に正当な継承権があるとしてその認知を迫り、また、関係各企業内における右両組合の組合員相互の衝突事件も発生していた。

二  被告人甲は三永運輸(現在の社名は株式会社マツフジ)の従業員(コンクリートミキサー車の運転手)、被告人乙は大阪ライオンコンクリート株式会社の従業員(同)、被告人丙及び同丁は北大阪菱光コンクリート工業株式会社(以下、「北大阪菱光」という。)箕面工場に勤務する同会社従業員(同)で、いずれも関西地区生コン支部の組合員であったが、右分裂後は、いずれも関生労組に所属し、被告人甲及び同乙は執行委員(在籍専従)、被告人丙及び同丁は北大阪菱光箕面分会の分会員であったものである。

(罪となるべき事実等)

第一  被告人乙の傷害

一  犯行に至る経緯

1 甲寅陸運株式会社(以下、「甲寅陸運」という。)は、大阪市大正区南恩加島五丁目八番六七号に社屋を有し、専ら大阪センメント株式会社のバラセメントの輸送を業としているものである。

甲寅陸運の従業員である運転手一二名は、前記分裂前においてはいずれも関西地区生コン支部の組合員で、バラエスエス分会(甲寅陸運と同様バラセメントの輸送を業とする各企業の従業員であって、関西地区生コン支部に所属する組合員で構成されていた分会)に所属していたが、右分裂後は、一〇名が関生労組に、久米哲夫(以下、「久米」という。)及び田中武司(以下、「田中」という。)の二名が関生支部にそれぞれ所属し、相互に対立していた。

2 昭和五八年一〇月二八日朝、甲寅陸運の関生労組組合員が、田中に対し、同社の社屋や敷地内にある組合事務所、風呂場、便所等は関生労組が団結の力で獲得したものであるから、組合を脱退した関生支部所属の従業員は右諸施設を使用してはならないなどと通告し、田中は早速久米の自宅に電話をかけて、そのことを伝えた。

久米は、同日、大阪市港区の港湾福祉センターで開かれた関生支部の会議に出席のため、自宅から直接同センターに出掛けたが、途中、大阪セメント株式会社の工場に立ち寄り、同工場に常駐している甲寅陸運の配車係に会社の施設管理権に基づき善処するよう申し入れるとともに、右会議に出席していた福本運輸の従業員で関生支部執行委員の杉山(以下、「杉山」という。)に田中の右電話の内容を話したところ、杉山は後刻甲寅陸運に出向くことを約した。

3 久米は、右会議を終え、途中一進興業に立ち寄り同社の関生支部組合員にも田中の右電話の内容を伝えた上、同日午後五時ころ、甲寅陸運に赴いたところ、間もなく杉山も来社し、同社事務室において、同社従業員の関生労組組合員数名と杉山、久米ら関生支部組合員との間で口論となり、その間、関生労組組合員の松田が関生労組事務所に電話を入れて同労組書記次長奥薗健兒(以下、「奥薗」という。)に右事態を伝えて応援を求め、杉山もまた関生支部三生千島分会に電話連絡をした。

4 被告人乙は、同日夕刻、外出先から関生労組事務所に帰ったところ、奥薗から甲寅陸運に同行してくれと頼まれ、すぐに同人ら関生労組組合員四名とともにライトバンで甲寅陸運に赴いたが、その車中で奥薗から甲寅陸運で発生した右紛争のことを聞いた。被告人乙らは甲寅陸運事務室に入り、杉山に同事務室から出て行くよう要求し、関生労組組合員井田が杉山の襟首をつかんで立たせるなどしたところ、これを契機として両派組合員全部が同事務室から外へ出たが、同社敷地内において、さらに関生労組組合員らが関生支部組合員らを同敷地から退去させようとして、小競り合いが続いた。

二  罪となるべき事実

被告人乙は、昭和五八年一〇月二八日午後六時過ぎころ、甲寅陸運敷地内において、前記小競り合いに際し、奥薗が久米(当時三四歳)に「お前だれのお陰で就職できたんだ。」などと言い、これに対し久米が「それなら一対一で話そう。」などと言ったのを横で聞いて立腹し、同人を同社敷地内から排除しようと企て、同人に対し、「話をしようとはなんや。お前なんぼのもんや。」などと怒号しながら、同人の襟首をつかんで押し、両手で頸部を締め付けるなどし、さらに同社西門付近において、同人の襟首をつかんで身体をブロック塀に数回押し当てるなどの暴行を加え、よって、同人に対し全治まで約一週間を要する右鎖骨部挫傷の傷害を負わせたものである。

第二  被告人四名の威力業務妨害

一  犯行に至る経緯

1 北大阪菱光は、大阪府豊中市に本社を置き、同府箕面市外院一丁目一番四号に箕面工場、兵庫県猪名川町に猪名川工場を有し、生コンクリートの製造、販売を業とする資本金一〇〇〇万円の株式会社(代表取締役福盛佐一郎)である。

右箕面工場では、関西地区生コン支部の前記分裂前においては、管理職七名を除く従業員三九名のうち、一四名が同組合に所属していたが、右分裂後は、被告人丙、同丁、中野民雄及び藺牟田茂紀の四名が関生労組に、五名が関生支部にそれぞれ所属しており、四名が中立の立場で、一名が病欠中であった。また、当時、同工場のその余の従業員のうち、一名が全化同盟に、その余は全港湾にそれぞれ所属していた。

2 北大阪菱光では、前記関生労組幹部との集団交渉に際し、九月九日には常務取締役是枝清(以下、「是枝」という。)、一〇月二四日には本社労働部長兼箕面工場長の取締役千田晶(以下、「千田」という。)、一一月二一日には右両名が出席していたところ、同会社内部でも関生労組及び関生支部の両組合員が対立してその対応に苦慮していたが、福盛社長ら役員が社内協議の結果、分裂大会後の関生労組と関生支部の実態等に照らし、右分裂後は、両方の組織をそれぞれ労働組合として承認せざるをえないとの結論に達し、昭和五八年一〇月二四日には、千田が、北大阪菱光猪名川工場の従業員で関生支部副執行委員長福田定雄(以下、「福田」という。)の申し入れに応じて同人らと交渉の場を持ち、同支部との間で、

「一 社内における暴力行為について

① 会社が全責任をもって対処する

② 暴力行為、器物破損、窃盗等の行為があれば告訴する

③ 暴力分子を職場から排除する

④ 暴力行為が発生した場合的確機敏な処置を取る

一  箕面分会、猪名川分会組合事務所については、全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部箕面分会並びに猪名川分会に貸与した事を確認する(昭和四九年五月三一日付確認書)

一  出荷妨害が起因した場合、平和的解決に努力し、やむをえないと判断した場合は法的措置を取る。

一  一九八三年一〇月二七日の集団交渉は参加する方向で検討する

一  朝日分会の日々就労については協定を尊重する」

旨を内容とする確認書(以下、「千田文書」という。)を取り交わした。

3 昭和五八年一二月二日、関生労組の脇屋敷書記長から北大阪菱光の是枝に電話があり、同社が関生支部の福田に対し、同人の同支部用務による欠勤を組合用務扱いにして便宜供与をしていることなどについて厳重抗議され、釈明を求められたことから、同月五日、是枝が関生労組事務所に出向いて関生労組副執行委員長佐々野博(以下、「佐々野」という。)及び同佐藤の両名と会見した。その際、同人らから、福田に対する右便宜供与を即刻取りやめるよう要請されたが、是枝は、一〇月一〇日の分裂大会以降は関生支部を独立の労働組合として承認せざるをえないから、関生支部に対しても、他の労働組合と同等の公平な取り扱いをせざるをえないとしてこれを拒否した。また、その席上、佐々野らから、千田が関生支部と密約を結び千田文書を取り交わしている上、福田が同文書を持って各社を回り、北大阪菱光と同様に関生支部を認知するよう説得しているとして追及を受けたが、是枝は、社内において検討の上、翌日回答すると約して帰社した。

北大阪菱光では、同年一二月六日福盛社長ら役員がこれらの問題について改めて協議検討した結果、二つの労働組合が成立した以上、企業としては、その双方に対し労働組合として対応せざるをえないのであり、したがって、福田の組合用務扱いについては正当であり、また、千田文書についても、関生労組と関生支部のいずれが正当であるかなどの点には全く触れておらず、一般的な問題を確認したに過ぎないものであるとの結論を得、これを基本方針として、同日、口村専務取締役、是枝、千田及び福盛総務部長の四名が関生労組事務所に赴き、佐々野副執行委員長及び塩原執行委員の両名と会談し、右基本方針を説明した上、労働組合が二つに分裂したのであるから、その間の問題は双方の組合で話し合うべきもので、これが解決に企業側を巻き込むのは筋違いであり、北大阪菱光は不介入の姿勢を取らざるをえないと述べたが、かえって、佐々野から、

① 北大阪菱光は、関生支部に対する認識の誤りから、関生労組に迷惑をかけたことを謝罪し、同労組に対し解決金を支払うこと

② 今後関生支部が社会的に認知されるまでは同支部とは一切接触しないこと

③ 福田が千田文書を他社に持ち回るなどして北大阪菱光の信用を失墜させたことを理由に福田を処分すること

を内容とする提案を受け、北大阪菱光側は、いずれも到底呑めない提案であるとしてこれを拒否したものの、佐々野からストライキに入る事態もあると言われ、一日の猶予を得てその日は別れた。

翌七日、北大阪菱光では福盛社長ら役員が協議した結果、前日の結論に変わりはなかったものの、出来得ればストライキ等最悪の事態は避けたいとして、同日、是枝と千田が関生労組事務所に赴き、佐々野副執行委員長及び塩原執行委員の両名に会って、右結論を伝えるとともに、さらに検討のための時間的猶予を求めたが、佐々野はこれを拒否して翌日から同会社の箕面工場及び猪名川工場でストライキに入ることを予告し、ここに交渉は決裂に終わった。

4 同年一二月八日午前八時二〇分ころから同一〇時四〇分ころまでの間、北大阪菱光箕面工場の工場事務所において、関生労組本部から派遣された執行委員である被告人甲、同乙ほか二名並びに同労組箕面分会員である被告人丁、同丙らが千田及び是枝との間で、関生支部とは労働組合として対応しないことなどを要求し、団体交渉を行ったが、平行線をたどるばかりで何ら進展が見られなかった。

同日午前中は、同工場では通常どおり操業が行われていたが、その間、関生労組側では、宣伝カーや他企業の関生労組組合員を動員し、スト通告書や立看板を用意した上、同日午後二時一五分ころ、同事務所において、桑岡副執行委員長、被告人甲及び同乙らが、千田と最終的な団体交渉をしたが、ここで北大阪菱光側の考えに変わりがないことが確認され、同二時二〇分ころ、右桑岡から千田にストライキ通告書が手渡された。右通告後直ちに、被告人丁は、右桑岡の指令に基づき同被告人担当の一六二号の生コンクリートミキサー車(以下、同車を「一六二号車」という。)をバッチャープラントの積載口の下に移動させて駐車させ、被告人丙が同車に「スト決行中」の看板を立て掛けてストライキに突入し、同工場の操業を阻止したが、同日午後三時ころ、千田が当日の操業を諦め、作業修了の場内放送をし、そのころ被告人丁は一六二号車を撤去し、組合員らは解散した。

なお、バッチャープラントとは、セメントに砂利・砂等の骨材と水を加えて練り合わせ、生コンクリートを製造する機械であって、その製品は同プラントの一か所の積載口から順次コンクリートミキサー車(以下、「ミキサー車」という。)に積載して出荷する仕組みとなっており、したがって、被告人丁が行ったように積載口の下にミキサー車を駐車すれば、他のミキサー車への積載が不能となって製品の出荷ができず、これに伴い生コンクリートの製造も中止せざるをえないものであって、右態様のストライキを生コンクリート業界の労使では「バッチャー下スト」と称していたものであり、また、同工場に設置されたバッチャープラントは一基のみであった。

翌九日午前八時ころから、北大阪菱光箕面工場の工場事務所で、被告人甲、同乙及び同丙らが千田との間で、再度団体交渉を行ったが、すぐに物別れとなった。

二  罪となるべき事実

前記のとおり、関生労組は北大阪菱光に対し、関生支部を労働組合として取り扱わないよう要求していたものであるが、被告人四名は、右要求を貫徹するためには、前日同様の「バッチャー下スト」を継続して同会社箕面工場の生コンクリートの出荷等の業務を阻止するもやむなしとの了解に基づき、ほか約三〇名の関生労組組合員と共謀の上、昭和五八年一二月九日午前八時ころから同日午後二時一五分ころまでの間、同工場内において、被告人丁が一六二号車をバッチャープラントの積載口の下に移動させて駐車させた上、被告人四名及び約三〇名の同組合員が同車の周囲にい集し、同工場長代理川端次男(以下、「川端」という。)及び同山口末夫(以下、「山口」という。)が被告人丁に一六二号車の撤去及び鍵の引渡しを求めたのにこれを拒否し、また、ショベルローダーにより一六二号車をワイヤロープで牽引して撤去するため、川端がショベルローダーを運転し、後進して一六二号車の前に停止させるや、同組合員らがその前面に立ちふさがり、被告人乙が右ショベルローダーの運転席横に乗り込み、前記中野民男が同運転席のステップに足を掛け、口々に「止めろ。」などと怒号し、さらに、山口が牽引のためワイヤロープの一端を右ショベルローダーのピンに装着しようとしてその作業中、被告人丙が右ショベルローダー側面のアームに掛けられていたワイヤロープを持ち去り、次いで川端が右ショベルローダーのバケットの爪を一六二号車の車体下部に差し込み、これを引き上げて撤去するつもりで、右ショベルローダーを反転させ、バケットを前にして一六二号車に近付きいったん停止させるや、同組合員らがその前面に立ちふさがり、数名の同組合員がバケットに飛び乗り、その運転席に既に乗り込んでいた被告人乙のほか被告人丙が乗り込み、口々に「止めろ。」などと怒号するなどして一六二号車の撤去を妨害し、その間、同工場長千田から、マイク放送により従業員以外の者は構内から立ち去るよう要求を受けながら、被告人四名及び約三〇名の同組合員が右バッチャープラントの付近に滞留するなどして、同工場の生コンクリートの製造、積載及び出荷等の操業を不能ならしめ、もって威力を用いて同会社の業務を妨害したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

第一  被告人乙の傷害事件について

弁護人は、「被告人乙が久米に対してなした行為は、甲寅陸運の敷地内で同人の肩をつかんで同人を押したことと、同会社敷地外でブロック塀を背にした同人に詰め寄り、右手で同人の左襟首のあたりをつかんだことのみであって、久米に軽微な傷害が存したとしても、それは同被告人の右行為によって生じたものではないし、また、右行為は暴行罪の「暴行」にも当たらない。」旨主張し、同被告人も右主張と同旨の供述をしている。

しかしながら、久米は、証人として、当公判廷において、被告人乙から判示各暴行を受けたことのほか、右暴行により右鎖骨の部分にひりひりした感じがあり、また、右暴行に際し、着用していたスポーツシャツの第二ボタンが取れたこと、当日、報告のため、大阪市此花区の桜島生コン内にあった関生支部仮事務所へ行き、上半身裸になって同支部組合員に見せた際、胸の右鎖骨の部分が赤くなっていたので、同組合員にその部分や右スポーツシャツ等の写真を撮影してもらったこと、翌日の午前中、小田診療所へ行き、小田医師から右鎖骨部挫傷の診断を受けたが、その挫傷は同被告人の右暴行によるものであることなどその前後状況についても具体的、詳細な供述をしているところ、右供述には、その内容に格別不自然、不合理な点は認められない。加えて、

①  当時同人が着用していた押収してある茶色長袖シャツ(〈証拠〉)の胸部第二ボタンが一個取れており、また、押収してある写真(〈証拠〉)にその状態が撮影されていること

②  証人高木茂は、被告人乙が久米の胸倉をつかんで「お前ら出て行け。」と言って西門の外へ押して行き、西門の壁に押し付け、両手で首を押え、首を吊しあげるようにしていた旨、その目撃状況を具体的に供述しているところ、久米証言は右高木証言によく符合していること

③  久米の右鎖骨部付近を撮影した写真(〈証拠〉)が存すること

④  証人小田邦夫の供述、同人作成の診断書及び検察事務官作成の「健康保険診療録写入手について報告」と題する書面によれば、本件の翌日である昭和五八年一〇月二九日、久米が小田診療所を訪れ、医師小田邦夫が久米を診察した際、同医師は、久米の右鎖骨部に長さ約三センチメートルの腫脹と皮膚から一ミリメートルか1.5ミリメートル隆起し青くなっている皮下溢血を、前頸部にごく軽い発赤と表皮剥離を認め、前者を右鎖骨部挫傷と診断したこと及び同挫傷は、胸倉をつかまえて引きずったり、突いたりしたときにも出来る可能性があることが認められること

⑤  右傷害が他の原因によって生じたことを窺わせるに足りる証拠は全く存しないこと

などに徴すれば、久米の右証言はこれを信用しても差し支えがないものと言わなければならず、同人が被告人乙所属の関生労組と対立している関生支部に所属している組合員であることを考慮しても、本件についてことさら虚偽、誇張の供述をしているものとは認められない。

そして、久米証言にその他関係各証拠を総合すれば、判示事実を認めるに十分である。

第二  被告人四名の威力業務妨害事件について

一  構成要件該当性について

1 弁護人は、本件で被告人らがなした行為は、いずれも威力業務妨害罪の「威力」には該当しないとして、要旨次のとおり主張する。

(一) バッチャープラントの積載口の下へミキサー車を駐車させる行為は、それ自体として、人の意思を制圧するに足りる勢力とはいえない。

(二) 一六二号車の周囲にい集していた被告人ら関生労組組合員は、川端及び山口の身体に触れるなど暴行は一切行っておらず、平穏裡に専ら口頭による平和的説得を行ったに過ぎない。

(三) ショベルローダーによる一六二号車の撤去作業は極めて不自然、非常識なものであり、正常な業務再開のための努力ではなく、単に刑事事件を作り上げるための努力に過ぎないものであって、被告人らがショベルローダーの運転席やバケットに乗り込んでこれを阻止しようとしたのは、このような北大阪菱光側の危険な行為に対するごく自然な反応であり、また、被告人丙がワイヤロープを持ち去ったことについては、口頭による説得行為と同視できるのみならず、山口はこれを暗黙のうちに承認していたものである。

(四) 被告人ら関生労組組合員がバッチャープラント付近に滞留した際の状況についても、右(二)と同様である。

2 そこで検討するに、被告人らの判示所為は、いずれも北大阪菱光箕面工場の生コンクリートの出荷等の業務を阻止する目的のもとに敢行された一連の行為であって、周囲の状況をも併せてこれを全体として考察した場合、それが威力業務妨害罪の威力に当たることは明らかであるが、なお、所論にかんがみ主要な点について説明を付加する。

(一) 被告人丁がバッチャープラントの積載口の下に一六二号車を駐車させたこと自体はともかく、千田工場長が構内のマイク放送により出荷開始の指示をした上、繰り返し一六二号車の撤去と従業員以外の者の工場内からの退去を要請し、あるいは川端が構内に右退去を命ずる看板を設置するなどしたのに対し、被告人ら関生労組側は、一六二号車の前に「スト決行中」の看板を立て掛け、同車付近に駐車させた同労組宣伝カーのマイクで千田の右マイク放送に応酬するなか、被告人四名ほか約三〇名の関生労組組合員が一六二号車の周囲にい集し、川端及び山口が被告人丁に同車の撤去や鍵の引渡しを要求したのにこれを拒絶し、他の同組合員らが「帰れ。」と怒号するなどし、北大阪菱光関係者が一六二号車撤去のため同車に接近することが困難な状態を作出したものであって(このことは、前記中野民男が、「本件前日の一二月八日、川端や山口が一六二号車の所へ行ったことはない。そういうことをすれば挑発になるし、もめると思う。また、本件当日の一二月九日も、右両名が一六二号車の所まで行ったことはない。前日よりか動員も増えており、もうひとつ難しいことで、皆がそこまで行かさないと思う。」旨証言していることに照らしても明らかである。)、被告人ら同組合員が川端や山口に暴行を加えた事実がなかったとしても、被告人らの右所為は威力業務妨害罪の威力に当たるものと言わなければならない。

(二) また、川端及び山口のショベルローダーによる一六二号車撤去作業に対し、これを阻止するため被告人ら関生労組組合員が行った判示所為が、威力業務妨害罪の威力に当たることについては多言を要しないところである。

弁護人は、一六二号車を撤去するには、予備キーを用いるなど他の方法があるのに、北大阪菱光側は、これを試みることなく、被告人丁に対する説得が不首尾に終わるや、いきなりショベルローダーを持ち出してきたものであって、極めて非常識、不自然な対応であると主張する。しかしながら、予備キーを用いて平穏に一六二号車を撤去することは、右(一)に述べた状態の下では至難であると考えられるのみならず、ワイヤロープで牽引し、あるいはバケットで車体を持ち上げて、ショベルローダーにより一六二号車を撤去することが一応可能であることは、当裁判所の検証の結果によっても明らかであるところ、北大阪菱光側が関生労組組合員らの抵抗を排除し、操業再開に対する強い意欲を示すため、ショベルローダーによる撤去作業を試みたとしても、あながち非常識、不自然であるとは言えない。なお、弁護人は、山口は被告人丙がワイヤロープを持ち去るのを暗黙のうちに承認していたとも主張するが、一六二号車牽引のため川端と協力して真剣にその作業に従事中の山口において、暗黙にしろ右承認をするなどおよそありえないことである。

(三) なお、検察官は、本件当時被告人丁が一六二号車のドアに施錠をしていたと主張するところ、川端及び山口はこれに符合する証言をし、また、被告人丁の検察官に対する供述調書中にも同旨の記載があるが、他の関係各証拠と対比して検討すると、その信用性に疑問が残り、結局検察官主張の右の点については、その証明がなされたとは言えない。しかしながら、右の点を除くその余の被告人らの所為が威力に当たることは既に述べたとおりであり、また、右施錠の有無が本件の犯情を左右するとも認められない。

二  違法性について

弁護人は、被告人らの本件争議行為は、その目的及び態様並びに北大阪菱光の不誠実な対応、損害の程度等その他諸般の事情に照らせば、労働組合の正当な行為として違法性が阻却されるか、若しくは可罰的違法性に欠ける旨主張するので、以下、所論にかんがみ、主要な点について当裁判所の見解を述べる。

1 本件争議行為(判示所為)の目的について

(一) 弁護人は、「北大阪菱光は、分派である関生支部の発生を好機として、これと結託し、関生労組を同会社の職場から排除しようと企て、関生支部との間で千田文書を取り交わしたものであって、これは関生労組の団結権を侵害する不当労働行為である。すなわち、同文書には「暴力分子を職場から排除する」との記載があるが、「暴力分子」なる用語は、当時関生支部が関生労組を指していた表現であるから、右の記載は、関生労組を北大阪菱光から排除しようとするものにほかならない。また、同文書の「箕面分会、猪名川分会組合事務所については、全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部箕面分会並びに猪名川分会に貸与した事を確認する」との記載は、「全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部」というのが、当時関生支部が用いていた同支部の正式名称であることに徴すれば、対立する二つの労働組合のうち、その一方の関生支部のみに対し、組合事務所を貸与したことを確認するものにほかならない。さらに、同文書には「朝日分会の日々就労については協定を尊重する」との記載があるが、従来関西地区生コン支部と北大阪菱光との間で、同会社が日雇労働者が必要となった場合には、同支部朝日分会に所属する日雇労働者を他の日雇労働者に優先して雇用する旨の優先雇用協定が締結されていたところ、右協定を尊重するということは、関生支部所属の朝日分会員を優先して雇用し、関生労組所属の朝日分会員はこれに劣後することを意味するのであって、右の記載は、従来の協定の継承権を関生支部のみに認め、関生労組を同会社の職場から排除するものにほかならない。右に述べたとおり、千田文書は、北大阪菱光において、関生労組を関生支部より不利益な位置におき、関生労組を排除する意図のもとに締結されたものである。そこで、関生労組は、組織を防衛し、団結権を確保するため、北大阪菱光に対し、千田文書の締結は同労組に対する不当労働行為に当たるとして抗議し、同文書の撤回と謝罪を求め、併せて継続審議事項となっていた骨材置場の改善及び修理、風呂場の改善、人員補充、猪名川工場出入口の改善等職場における労働条件の改善を求めて本件争議行為を行ったものであって、検察官主張のように関生支部の否認や排除を求めたものではないから、その目的は正当である。」旨主張する。

(二) そこで検討するに、千田及び是枝の各証言等関係各証拠によれば、判示のとおり、関西地区生コン支部は関生労組と関生支部に事実上分裂し、二つの独立の労働組合が併存するに至ったものであるところ、被告人ら関生労組組合員は、北大阪菱光に対し、関生支部を労働組合として取り扱わないよう要求し、右要求を貫徹するため本件所為に及んだものと認めるのが相当である。以下、その理由を補足して説明する。

(1) 関西地区生コン支部の分裂

是枝及び千田の各証言等関係各証拠によれば、判示「本件各犯行の背景事情等」の一項に記載したとおり、関西地区生コン支部は、上部団体である全日本運輸一般労働組合の運動方針に反発する武派と右方針に同調して武執行委員長ら執行部を批判する中央派に分かれ対立抗争していたところ、武派は、昭和五八年一〇月一〇日、宝塚市内の宝塚ホテルで同派の大会を開催の上、組合規約を改正し、全日本運輸一般労働組合を離脱してその名称を「運輸一般関西地区生コン支部労働組合」と定め、武執行委員長ら執行部を選出するなどし、他方、中央派も、同日、茨木市内の市民会館で大会を開催し、引き続き全日本運輸一般労働組合を上部団体として、その名称を従前と同じ「全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部」と定め、平岡義幸ら執行部を選出するなどし、以後、関生労組及び関生支部は関係各企業に対し、それぞれ自派の組合が関西地区生コン支部の正当な継承者であると主張し、また、それぞれの機関紙等を発行するなどしていたことが認められ、右認定の事実関係によれば、従来の関西地区生コン支部が締結した協約の効力や組合財産の帰属等の法律関係は別として、関西地区生コン支部は、右一〇月一〇日の二つの大会により事実上関生労組と関生支部に分裂し、それぞれが独立の労働組合となったものと認めるのが相当である。したがって、弁護人は、関生労組と関生支部とは二つの組合に分裂したのではなく、一個の単一の組合の中に二つの執行部が併存する状態であったに過ぎないとも主張しているが、右主張は採用できない。

(2) 千田文書について

福田ら関生支部組合員と千田文書を取り交わした千田ないし北大阪菱光の真意がなへんにあったかはともかく、同文書の文言からは、直接には関生労組を同社から排除する意味には読めないし、また、千田が関生支部の福田らとかかる文書を取り交わしたことにより、関生労組を同会社から排除できるものでないことも明らかであるのみならず、かえって、関係各証拠によれば、昭和五八年九月九日の判示集団交渉以後本件当日までの間、北大阪菱光は、関生労組の佐々野ら執行委員並びに被告人丁及び同丙ら箕面分会員との交渉には終始これに対応しており、また、従前関西地区生コン支部に供与していた箕面工場内の組合事務所については、当分の間関生労組及び関生支部の両組合員で共用するように要望し、現に両組合員が右事務所を共用していたが、その間格別のトラブルもなく、さらに、臨時雇用の労働者についても、関生労組朝日分会員を関生支部朝日分会員よりも優先的に雇用していた(被告人丙供述等)ことが認められ、その他、関生労組組合員を関生支部組合員等他の従業員に比して不利益に取り扱った事実も全く窺えないのであり、したがって、千田が福田ら関生支部組合員と千田文書を取り交わしたことをもって、北大阪菱光の関生労組に対する不当労働行為に当たるものとは認められない。

(3) 昭和五八年九月九日の判示集団交渉から本件に至るまでの関生労組幹部の北大阪菱光等関係各企業に対する対応及び本件ストライキ通告書の内容について

是枝及び千田証言等関係各証拠によれば、

① 判示昭和五八年九月九日の集団交渉の席上、武執行委員長が、宇部生コンからの出席者に対し、同社が中央派に対して組合事務所を供与しているとして厳しく追及し、直ちに右事務所を閉鎖するように要求し、次いで各企業の出席者に対し、中央派は単なる分派に過ぎず、その活動は組合の用務とは認められないから、これに対し組合用務扱いの便宜供与を与えてはならない旨厳しく要請して、各社の回答を求め、その際、北大阪菱光の是枝は、「協定は遵守する。」旨述べたこと

② 判示同年一〇月一四日の集団交渉の席上、武執行委員長が、関生支部を組織として認知しないこと、関生支部と対応しなければならない事態が生じた場合は、事前に関生労組執行部の了解を求めること、関生支部の文書は読まずに突き返すこと、一〇月一七日に予定されている関生支部と関係企業との懇談会には参加しないことなどを要請し、右懇談会に参加した場合にはそれ相応の責任を追及する旨述べ、これに対し関生支部組合員を雇用している関係各企業はその場で協議をしたが、結論が出なかったため、企業側代表者が本日は回答できないので、更に検討する旨を述べ、その後、企業側では各社の関係者が集まり右問題を検討したが、統一見解がまとまらなかったため、判示同年一一月二一日の集団交渉の席上でその旨を伝えたところ、武執行委員長は、判示のように重ねて一二月五日までに統一見解を出すように要求し、それができない場合は企業ごとに個別に意見を求めると告げたこと

③ 関生労組は、同年一〇月一七日の関生支部と関係企業との懇談会に出席した各会社のうち、三生運送、大生運輸、東邦運輸等徳山系の数社に対し、その翌日ころからストライキに入ったこと

④ 判示同年一二月二日の関生労組脇屋敷書記長の是枝に対する抗議電話は、北大阪菱光が福田に対し、同人の関生支部用務による欠勤を組合用務扱いとして便宜供与をしていることに対するものであり、その際是枝が福田に対し組合用務扱いをしていると明言したところ、右脇屋敷は、「関生支部との懇談会に出席しただけで、数社が関生労組により一か月以上のストを受けていることを知っているはずである。北大阪菱光はそれ以上に悪質である。明日からでもストに入らざるをえない。」などと申し向け、五日に北大阪菱光の責任者全員が関生労組事務所に出頭するよう求め、さらに、その後間もなく脇屋敷から是枝に再度電話があり、北大阪菱光の福盛総務部長が、ある場所で、同社では関生支部を認めるとの発言をしているが、それについても併せて釈明を求めると告げたこと

⑤ 判示のとおり同年一二月五日是枝が関生労組事務所で副執行委員長佐々野及び同佐藤の両名と会見したとき、両者の間で福田に対する便宜供与について判示のようなやり取りがあった後、佐々野らが千田文書について判示のように追及した際、佐々野らは、同文書の内容を問題とするのではなく、北大阪菱光が関生支部と同文書を取り交わしたこと自体を問題としていたこと

⑥ 判示のとおり同年一二月六日是枝ら四名が関生労組事務所で佐々野副執行委員長及び塩原執行委員の両名と会見したとき、是枝が判示のように労働組合が二つに分裂した以上企業としてはそのいずれにも労働組合として対応せざるをえないことなどを述べたのに対し、佐々野のなした提案は、判示のように関生支部とは一切接触しないことなどを内容とするものであり、また、是枝がその場で右提案を拒否した際、佐々野が三生運送、三共運輸や東邦運輸では関生支部との懇談会に出席しただけで関生労組によりストを受けたという例を挙げ、北大阪菱光でも右提案に従わなければ、同様の問題が起きる旨を告げたこと

⑦ 判示のとおり同年一二月七日是枝及び千田が関生労組事務所で佐々野副執行委員長及び塩原執行委員の両名と会見したとき、是枝らが判示のように検討のため時間的猶予を求めたのに対し、佐々野は「これはベースアップなどのように日数をかけて交渉する問題ではなく、関生支部を労働組合として認知するかどうか、イエスかノーかの一言の問題である。」としてこれを拒否したこと

が認められる。

さらに、弁護人主張のように、本件争議行為の目的が、北大阪菱光において、関生労組を同会社から排除するため関生支部と千田文書を取り交わしたことが関生労組に対する不当労働行為に当たるとして、その撤回を求めるものであるならば、昭和五八年一二月八日桑岡副執行委員長が千田に手渡した判示ストライキの通告書(〈証拠〉はその写)にその旨が明記され、強調されているはずであるのに、同通告書には、その点については何ら触れられておらず、単に「貴社は、自からの代表も参加し発言した一九八三年九月九日の交渉をはじめとする、数回の集団交渉で確認された協定遵守を反古にしている。」との記載のほか、弁護人主張の職場における労働条件の改善要求が記載されているに過ぎない。なお、右前者の記載について、数回の集団交渉とは判示同年九月九日、同年一〇月一四日及び同年一一月二一日の集団交渉を指すものと解されるところ、前記認定の事実関係によれば、右九月九日には武執行委員長が、中央派に対しては組合用務扱いの便宜供与を与えないことを要請し、これに対し是枝が「協定を遵守する」と言って中央派には右便宜供与をしない旨の回答をしたに過ぎず、また、右一〇月一四日及び一一月二一日の席上では、武執行委員長において一方的に企業側に対し関生支部を労働組合として取り扱わないように要請しただけであり、双方で確認された事項は全くないのであるから、右の記載は要するに、関生支部に対しては、関西地区生コン支部が北大阪菱光と締結した従来の協定を適用しないよう要求しているものと解するのが相当であって、弁護人主張のような目的を窺い知ることは到底できないのである。

しかして、前記認定の昭和五八年九月九日から本件に至るまでの間における武執行委員長ら関生労組幹部の北大阪菱光等関係各企業に対する一連の対応及び右に検討した本件ストライキ通告書の内容に徴すれば、関生労組の北大阪菱光における本件争議行為の目的は、同社に圧力をかけて、関生支部を労働組合として取り扱わないように要求することにあったものと推認するのが相当であり、むしろ、関生労組幹部としては、同社等関係各企業が関生労組を否認し、これを職場から排除する事態などは、当時念頭になかったものと推認されるのである。

(4) 職場における労働条件の改善要求について

本件ストライキ通告書に弁護人主張の職場における労働条件の改善要求が記載されていることは、前認定のとおりである。

しかしながら、

① 少なくとも昭和五八年九月九日から本件に至るまでの関生労組と北大阪菱光との交渉の過程において、右要求事項がその対象とされたことは全くなかったこと

② 右要求事項が右通告書に記載されるに至った経緯、すなわち、右通告書は佐々野が起案したものであるところ、同人は、同年一二月八日午前中、関生労組の北大阪菱光箕面分会に電話をかけて分会要求で継続審議になっている事項があるかと問い合わせ、これに応じて被告人丙及び同丁ら同分会員が急遽相談して右要求事項を取りまとめ、電話で佐々野に回答したことにより、同人がこれを右通告書に記載したものであること

などに照らし、右要求事項は単なる名目に過ぎないことは明らかである。

以上に述べたとおり、本件争議行為は、関生労組が北大阪菱光に対し、同労組と対立する関生支部を労働組合として取り扱わないように要求し、これを貫徹するために敢行したものであって、その目的において、労働組合の正当な争議行為には当たらないものと言わなければならない。

2 本件争議行為(判示所為)の態様について

(一) 弁護人は、「本件のバッチャー下ストは、生コンクリート業界では古くから見られ、関西地区生コン支部のみならず全港湾、全化同盟等他の労働組合によってもとられてきた争議形態であり、かつ、対する使用者側も北大阪菱光を含め各社とも長年にわたってこれを何ら問題とすることなく容認してきたものであって、同業界では定着していた争議形態であるから、その態様においても、労働組合の正当な行為である。」旨主張する。

(二) そこで検討するに、なるほど関係各証拠によれば、生コンクリート業界では、バッチャー下ストは、かなり以前から、関西地区生コン支部等各労働組合が、北大阪菱光等各社において、しばしば行ってきた争議形態であるが、これに対し北大阪菱光を含め各社では、これを違法として刑事告訴、解雇、損害賠償請求等の法的措置をとっていなかったことが認められる。

しかしながら、ストライキの本質は、労働者が労働契約上負担する労働供給義務の不履行にあるのであって、その手段方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあり、他方、使用者は、ストライキ中であっても、その施設に対する管理権を有するのはもとより、当該労働組合に所属しない労働者や管理職等により操業を継続することも自由であると解されるところ、被告人らの本件所為は、判示のとおり、バッチャープラントの積載口の下に一六二号車を駐車させた上、その周囲に被告人四名ほか約三〇名の組合員がい集するなどして工場施設の一部を占拠し、北大阪菱光側が同車を排除しようとして同車に近寄ることが至難な状態を作出し、さらに北大阪菱光側がショベルローダーにより一六二号車を排除しようとするや、判示の方法によりこれを妨害するなどし、その結果、本件当日、北大阪菱光箕面工場では、前日に約三六〇立方メートルの生コンクリートの発注を受け、関生労組箕面分会員以外の従業員による生コンクリートの製造及び出荷の態勢を整えていたのにもかかわらず、その操業を全面的に阻害されたものであり、また、北大阪菱光等企業側が、従来バッチャー下ストに対し、法的措置等強硬な対応手段を取らなかったとしても、同ストの態様は、既に述べたとおり、工場施設の一部を占拠し、その操業を全面的に停止させるものであって、これを適法な争議形態として容認していたものでないことは明らかであり(千田及び是枝の各証言)、したがって、被告人らの本件所為は、その態様においても、労働組合の正当な争議行為には当たらないものと言わなければならない。

3 その他諸般の事情について

弁護人は、本件争議行為は、その目的及び態様のほかその他の諸般の事情に照らせば、可罰的違法性に欠けると主張するので、その主要な点について説明を付加する。

(一) 北大阪菱光側の関生労組に対する対応について

弁護人は、「昭和五八年九月九日の集団交渉の席上、武執行委員長が、中央派は分派であって、その行動は労働組合の活動ではないから、これに対し従来の協定を適用して組合用務扱いの便宜供与をしないように求めたのに対し、是枝は、「協定は遵守する。」と回答してこれを承諾し、しかも、北大阪菱光では、その後同年一〇月一四日及び同年一一月二一日の集団交渉の席上でも同様の要請を受けたのに、右承諾を撤回するとの意思表示もしないで、あたかも協定を遵守するかのように装いながら、他方で、同年一〇月二四日関生支部と密約を結んで千田文書を取り交わしているのであって、北大阪菱光のこのような行為は、関生労組に対し、背信的で不誠実な行為である。」旨主張する。

しかしながら、右九月九日は関西地区生コン支部の分裂前のことであり、その後同年一〇月一〇日、同組合が分裂して関生労組と関生支部の二つの独立の労働組合が成立した以上、北大阪菱光においてその一つの関生支部と交渉するに当たり、一々他方の関生労組の承認を得なければならない筋合のものではないのみならず、既に述べたとおり、北大阪菱光では同年一二月二日脇屋敷書記長から是枝に電話があった以降は、佐々野副執行委員長ら関生労組幹部と会見の都度、関西地区生コン支部が関生労組と関生支部に分裂してそれぞれが独立した以上、その双方に対し、労働組合としての対応をせざるをえない旨明言しているのであって、北大阪菱光には関生労組に対し、弁護人主張のような背信的、不誠実な対応があったものとは認められない。

(二) 損害の程度について

弁護人は、「北大阪菱光は北大阪阪神地区生コンクリート協同組合に加入し、同組合では共同受注、共同販売の事業等を行うほか、組合員企業でストライキがあり、出荷不能となって損害が発生した場合は、同組合において右企業に対し、その損失を補償するいわゆる赤黒調整と称する仕組みがとられていたところ、本件争議行為によって被った損失についても、北大阪菱光は後日同組合から補償を受けることにより、これを回復しているものである。」旨主張する。

なるほど、弁護人主張のように北大阪菱光の加入していた右協同組合ではいわゆる赤黒調整の仕組みがとられていたことは確かであるが、是枝証言によれば、本件争議行為により北大阪菱光の被った損害について、赤黒調整によりある程度の補償を受けたものの、なおかなりの部分が損失として残ったことが認められる。

以上に検討したとおり、被告人らの本件争議行為は、労働組合の正当な行為に当たらないし、また、その目的及び態様等諸般の事情に照らせば、可罰的違法性に欠ける行為でないことも明らかである。

(法令の適用)

被告人乙の判示第一の二の所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人四名の判示第二の二の各所為はいずれも刑法六〇条、二三四条(二三三条)、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、被告人乙の傷害罪は、偶発的犯行である上、暴行の態様はそれほど悪質とは言えず、傷害の程度も軽微であること、被告人四名の各威力業務妨害罪は、目的及び態様等に照らしその犯情は軽視できないものの、被告人らは、関生労組の機関決定に基づく指令により、労働争議行為として本件を敢行したものであること、本件と同様のいわゆるバッチャー下ストは、生コンクリート業界では従来から労働争議に際して、常態的に行われてきたものであるが、これまでは北大阪菱光を含め企業側において、これに対し法的手段に訴えることなく柔軟な姿勢で対応してきたものであること、北大阪菱光では、いわゆる赤黒調整により本件により被った損害についてある程度の補償を受けていること、本件後、関生労組から北大阪菱光を相手方として申し立てられた救済命令申立事件の中央労働委員会での再審査手続において、関生労組と北大阪菱光社との間で和解が成立し、本件を巡る民事上の紛争については既に解決済みであることなど諸般の事情を勘案し、所定刑中いずれも罰金刑を選択することとし、被告人乙の以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、同被告人についてはその金額の、その余の被告人三名についてはその所定の金額の範囲内で、被告人乙を罰金三〇万円に、被告人甲、同丙及び同丁をそれぞれ罰金二〇万円に処し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、同法一八条により各金五〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用中、証人篠原昭喜、同久米哲夫、同高木茂及び同小田邦夫に支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人乙の負担とし、その余は同法一八一条一項本文、一八二条により被告人四名に連帯して負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官谷鐵雄 裁判官笹野明義 裁判官古城かおり)

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